心臓を縫った手が、心に火を灯す

── 心臓血管外科医としての精密な技術を携え、美容医療の「最後の砦」を目指す孤高のリアリスト。

博多もへじのクリニック
院長 村田 将光(むらた まさみつ)

広大な病院の、静まり返った手術室。かつてそこには、心臓血管外科医としてコンマ数ミリの血管を縫合し、生命の鼓動を繋ぎ止めてきた一人の医師がいた。村田将光(むらた まさみつ)医師である。
現在は福岡で美容外科・形成外科を標榜する博多もへじのクリニックを営む。心臓血管外科から美容外科へ。
一見すると対極にあるような転身だが、村田医師が歩んできた道筋には、一点の曇りもない一本の「軸」が通っている。

「形が綺麗なものは、機能も良い。そして、その後の経過も美しいのです」
穏やかな語り口の中に、職人のような矜持が滲む。
2万2000症例を超える手術実績。その膨大な経験の蓄積は、単なる数字の羅列ではない。
それは一貫して「患者のために」という、哲学を貫き通してきた証である。
広告費を一切かけず、紹介のみで予約が埋まり続けるという異例の経営スタイルは、村田医師の技術と誠実さが、患者や社会に共鳴している結果に他ならない。

目次

生命の鼓動を縫い合わせた指先が、美しさを導き出す

村田医師が医師を目指したときから抱いていたのは、「いつかは自分のクリニックを持ちたい」という素朴な願いだった。
外科医としての研鑽を積むなかで、40歳という節目での開業を見据えていたが、心臓外科という分野において開業は容易な選択肢ではなかった。
それでも、メスを握り続け、自らの手で患者を救いたいという想いは消えなかった。

転機となったのは、古くから親交のあった形成外科の師匠との出会いである。
形成外科の手術を学び、その傍らで行われる美容外科の領域に触れたとき、村田医師の直感が働いた。
これは、これまで培ってきた心臓血管外科の技術を、最も高い解像度で活かせる場所ではないかと。

「心臓血管外科での経験は、今の診療に間違いなく活きています。例えば、かつて天皇陛下がお受けになった冠動脈バイパス手術。血管の吻合(ふんごう)の形が、まるでコブラの頭のように美しく整う『コブラヘッド』という形になれば、血流の維持率、つまり成績が飛躍的に良くなるのです。弁形成術においても、仕上がりが綺麗であれば、逆流はピタリと止まる。外科の世界では、美しさと機能美は不可分なのです」

単に傷跡を綺麗に縫うという表面的な技術だけではない。
全体を俯瞰し、解剖学的に「正しい形」を導き出すことで、結果として最良の結果が担保される。
心臓という、生命維持の根幹で培われたその美学は、今、眼瞼下垂や美容外科手術という形で、患者の「生」を彩る技術へと昇華されている。

広告を捨て、紹介が繋ぐ「信頼の循環」

博多もへじのクリニックの最大の特徴は、保険診療と自由診療を併行して行う「ハイブリッドクリニック」であることだ。
特に眼瞼下垂の手術においては、保険診療の枠組みでありながら、自由診療で培った高い審美性を追求する。
「保険だから仕上がりはそれなりで良い」という妥協は、村田医師の辞書には存在しない。

「自由診療も同じ場所で行っているからこそ、保険診療であっても仕上がりの基準を下げることはありません。
すると、患者さんは驚くほど喜んでくださる。その喜びが次の方を呼び、紹介の連鎖が生まれます。
だから、私は広告費を一切使いません。数字に振り回されては、医師としての軸がぶれてしまう。
儲けるためにやっているのではなく、患者さんに喜んでもらうためにやっている。至極単純な話です」

美容医療業界は今、激しい広告合戦の渦中にある。
華美な宣伝で集客し、アップセルを狙う営業スタイルが横行するなかで、村田医師はその対極を歩む。
彼が掲げるポリシーは明快だ。
「美容医療のスタンダードを外さない」「ありがちな営業を一切しない」「アフターフォローを最後まで欠かさない」。
当たり前のことを完璧に遂行する。その誠実さこそが、情報の海で迷う患者にとっての北極星となっている。

「エステティックマインド」が紡ぐ、自己肯定感の回復

村田医師が大切にしている言葉に「エステティックマインド」がある。
これは形成外科の領域で、保険診療であっても常に美容面、つまり「見た目の美しさ」を意識して診療にあたるという考え方だ。

「単に目が開くようになればいい、というだけでは足りないのです。
その一歩先、鏡を見たときに『今の自分が好きだ』と思えるような仕上がりを目指す。
すると、患者さんの喜びの度合いが劇的に変わります。
お化粧が変わり、髪型が変わり、積極的に外へ出るようになる。
医療が患者さんの自己肯定感を引き出す瞬間。
それこそが、外科医としての私の『自己満足』であり、至福の時なのです」

あるとき、大学病院で手術を受けたが改善せず、半ば諦めかけていた眼瞼下垂の患者が村田医師のもとを訪れた。
難易度の高い症例だったが、持てる技術のすべてを注ぎ込み、パチッと目が開いた瞬間、患者と医師、双方が深い満足感に包まれた。

「大学病院以上の結果を出せたという自負、誠実に技術のレベルを追求してきて本当に良かったと思える瞬間です。
私は患者さんと、喜びを半分ずつ分け合っている感覚なんです」

美容医療の「最後の砦」に

村田医師の視線は、自院の繁栄を超え、美容医療業界全体の健全化へと向けられている。
昨今、外科的経験を積まないまま美容外科に飛び込む若手医師の増加や、術後合併症の問題が業界の影となっている。

「保険診療の世界では、どんなに困難な症例でも必ずどこかが診てくれるという安心感があります。
しかし、自由診療の世界では、合併症が起きると『うちでは診られない』と野放しにされてしまうことがある。
私は福岡で、そうした迷える患者さんをすべて包括的に受け入れられる体制を作りたい。
あそこに行けば、すべてが完結する。そんな『最後の砦』となる基幹病院の構築が私の夢です」

同時に、村田医師は若手医師の育成についても独自の構想を持つ。
クリニックを横断して技術を鍛え上げる「研修プログラム」の確立だ。

「外科を経験してから美容の世界に来るのが理想ですが、直入する若い先生たちであっても、正しく鍛えれば素晴らしい腕を持つようになります。
共通の研修システムを作り、どこのクリニックに行っても恥ずかしくないレベルを担保する。
そうすることで、患者さんはもっと安心して美容医療の門を叩けるようになるはずです」

医師としての美学、技術者としての執念、そして人としての誠実さ。
白衣の向こう側にあるのは、それらが複雑に、しかし美しく編み込まれた一人の外科医の生き様そのものであった。

編集後記

博多もへじのクリニックを訪れる人々が、一様に晴れやかな表情で帰路につく理由が、今回の対話を通じて明確になった。村田将光医師が貫くのは、奇をてらった手法ではなく、「医療の本質」への回帰である。心臓外科で培われた「美しさは機能に従う」という真理を、美容医療というフィールドで体現するその姿は、技術を過信せず、かといって情に流されすぎない、極めて理性的で温かなリアリストのそれであった。村田医師のような「最後の砦」が福岡に存在することは、患者のみならず、この業界の未来にとっても大きな希望となるに違いない。

博多もへじのクリニック
院長 村田 将光(むらた まさみつ)

2001年熊本大学卒。
2016年まで弁形成、冠動脈バイパス手術、大動脈緊急手術を専門とする心臓外科医として
1,000例を超える症例を執刀し、心臓血管外科専門医、同学会総会シンポジストに選ばれた。
診療の傍ら、武蔵野大学薬学部の非常勤教員として薬学部生の教育にも携わる。
心臓外科医として培った技術を美容医療の分野に活かすべく、大手美容外科に入職。
東京、福岡で院長として22,000例以上の症例を担当しつつ学会発表や後進の指導にも積極的に携わる。得意分野は目周り、輪郭の手術。
2024年8月、博多駅前に博多もへじのクリニックを開院。
※2017年4月1日から2025年9月30日まで

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