“町医者”と“専門医”、その両方で在るために

とがさきクリニック
副院長 野呂 林太郎(のろ・りんたろう)

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地域に根を張り、専門性を活かす

「“町医者”と“専門医”って、本来は別々の存在に思われがちですが、私はその両方でありたいんです」
そう語るのは、呼吸器内科および総合内科の専門医であり、呼吸器疾患、肺がんや遺伝性腫瘍の診療に長年携わってきた野呂林太郎医師。大学病院で研究・臨床を続けながら、現在は父の跡を継いだクリニックで地域住民の健康を支えている。
CTやレントゲンを備えた院内では、一般内科から耳鼻科、呼吸器疾患、がん診療に至るまで幅広い患者を受け入れている。

特に、咳や呼吸に関する症状にはone airway diseaseとして耳鼻科と内科の両面からアプローチできる強みがあり、近隣だけでなく遠方からも患者が訪れる。
一方で、診療の中心にあるのは、最先端の技術や設備ではない。「対話」である。

検査結果や所見の裏にある患者の“生活”を丁寧に汲み取り、必要な医療を“その人の文脈”で届けること。
その積み重ねが、野呂医師の医療の原点だ。

苦しかった研修医時代、開いた“対話”の扉

振り返ると、今の姿からは想像しづらい過去があった。
大学病院での研修医時代、野呂医師は自分を「劣等生だった」と語る。
採血ひとつもままならず、同期の中でも存在感を発揮できず自信を失っていったという。

転機となったのは、地方病院への派遣だった。神奈川・静岡・福島・茨城──
さまざまな土地で、救急医療対応、在宅緩和ケア、消化器や気管支の内視鏡や人工呼吸器の管理まで任される中で、患者一人ひとりと真正面から向き合う医療の面白さを知る。
現場での裁量と信頼、そして“患者の目を見て話す”ことの大切さに気づいた。

「患者さんに“話してよかった”と言ってもらえることが、自分の背中を押してくれました」
その経験が、現在の“対話を軸にした医療”の原点となっている。

がん診療と地域医療、その架け橋に

肺がんや遺伝性腫瘍の診療に長年従事してきた野呂医師。
大学や国立がん研究センターでの臨床や研究、さらにアメリカでの留学経験を経て、がん治療の現場を第一線で見つめてきた。 

「がん診療って、治療だけで終わりじゃないんです。寛解後も、人生は続きます。その伴走者でありたいと思っています」 

地域の検診や画像読影にも力を入れ、がんの早期発見に注力。
重症化リスクの高い患者は大学病院に紹介し、治療後はまたクリニックで経過を見守る“循環”をつくっている。 

それは、患者との長い関係性のなかで、病だけでなく人生に寄り添う医療だ。

地域住民の生活に寄り添った医療体制を

一方、地域の診療所としての現実にも向き合っている。
口コミサイトには「待ち時間が長い」と書かれることもある。
それでも、ネット予約の導入には慎重な姿勢を崩さない。

「高齢の方はネット操作が難しいことも多い。来院順で診る方が柔軟に対応できるんです」
予約枠は全体の3分の1、以降は来院順。
近くのショッピングセンターで買い物をしてもらい、順番が来たら電話で呼び出すスタイルを採用している。

特別なITシステムは使わずとも、地域住民にとって“利用しやすい医療”とは何かを問い続けている。

医師として“触れる”ことの重み

オンライン診療の検討について尋ねると、野呂医師はこう答える。 
「画面越しでは、心臓や肺の音もおろか皮膚の乾燥も、口腔内の違和感もわかりません」 

睡眠時無呼吸症候群の管理においても、CPAPの管理だけでなく、顔の輪郭や首回りの状態、口の中の所見、肌の色味など、触れて診て気づけることは多い。
だからこそ、対面診療にこだわる。 

一人の患者に“ちゃんと触れること”。それが、医師としての責任だという。

医療を“継承する”ということ

2020年、コロナ禍が始まろうとしていた頃。
野呂医師は、長年勤めた大学病院を離れ、父が開いたクリニックを継承する決意をした。
母の死を経て、「地域に還るべきだ」と考えたという。

「正直、拡大志向とか、経営的な野心はまったくありません。地域に必要な医療を、粛々と続けていきたいです。」
この地域には、呼吸器専門医が少ない。
だからこそ、自分の専門性を“還元”する場所として、地元に立ち戻った。
現在も週に一回は大学に戻り、知識のアップデートと研究も続けている。 

チーム医療が医療の質を支える

とがさきクリニックには、これまで3年間、職員の離職がほとんどない。
休暇取得のしやすさをはじめとした、働きやすい環境づくりにこだわっている。 

スタッフの心身の余裕が、医療の質を支えているという。 
「スタッフが疲弊していたら、患者にまで気が回らないと思います。家庭も大事にしてもらいたいんです。」

医師として、経営者として、そして人として。野呂医師の哲学は、“誠実な医療”そのものだ。

地域医療の本質を問い続ける

“地域医療の担い手”という言葉には、どこか抽象的な響きがある。
だが、野呂林太郎医師の歩みは、その言葉の本当の意味を教えてくれる。 

苦しかった過去を超え、専門性を磨き、いま“生まれ育った地域で、顔の見える医療を届ける”という選択をしている。
日々患者の話を聞き、そっと支え続ける姿にこそ、地域医療の本質がある。 

「診察室で交わす会話が、患者の明日を変えるかもしれない。それを信じて、今日も向き合うだけです。」 
静かで、力強い医療のかたちが、ここにある。

とがさきクリニック
副院長 野呂 林太郎(のろ・りんたろう)

呼吸器内科・総合内科の専門医。呼吸器疾患、肺がん、遺伝性腫瘍の診療に長年携わり、大学病院で研究と臨床の両面を経験。現在は父の跡を継ぎ、地域に根ざしたクリニックで診療を行っている。院内にCTやレントゲンを備え、一般内科から耳鼻科、呼吸器・がん診療まで幅広く対応。咳や呼吸症状に対してはone airway diseaseの考え方を軸に、内科・耳鼻科の両面から診ることを強みとする。診療の中心に据えるのは「対話」。患者一人ひとりの生活背景に目を向け、その人の文脈に即した医療を届けている。

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