患者の人生に、もう一度“かけがえのない日常”を。

── “医療の枠”を超えた訪問診療が届ける、“最期”のあり方

在宅支援なごや南ホームクリニック
院長 山内 裕士(やまうち・ゆうし)

目次

“治す”だけじゃない、医療のもうひとつの役割

「あえて”医療らしくない時間”を大事にしています」
山内裕士医師のこの言葉に、在宅医療という営みの本質が凝縮されている。
治療や処方を行うだけではなく、患者の「生活」に入り込み、「笑顔の時間」をどう作るかを考え抜く。

彼が目指すのは、診療という“非日常”ではなく、患者の暮らしに自然に溶け込む“日常の一部”としての医療だ。
娘を連れて訪問し、一緒に遊んだり。誕生日会を開いたり、演奏会を開いたり。時には、好物だったお酒を届けることもある。

「“何か楽しめる時間を提供したい”という気持ちが先にあって、それを医療の枠組みの中でどうやって実現するかを考えています」
診療のたびに、笑顔をひとつでも多く残して帰る。それが、彼の“ミッション”だ。

原点は祖母との時間にあった

小児科を目指していた学生時代。
そこから在宅医療に進むまでの道のりには、祖母との濃密な時間があった。
「ばあちゃん子だったんです。祖母が幼稚園の先生で、毎日のように通っていました」

その祖母が膵臓がんを患い、「家で最期を迎えたい」と望んだ。
そのとき出会った訪問医が、山内医師の原風景になったという。

「医師としての原点は、やっぱり祖母の最期。看取りの場に家族として立ち会わせてもらって、そこから訪問診療という選択肢を初めて知りました」

しかし、彼が診ている患者に祖母の面影を重ねることはないという。
「重ねないようにしているのかもしれません。でも“誰かの大切な人”であるという意識は、どの患
者さんにも自然と湧いてきます」

“家で過ごしたい”という想いを叶える

「高齢の方や、がんの末期の方が多いです。やっぱり『家で過ごしたい』『家で亡くなりたい』という希望を持っている方が多いんです」
その想いに応えるには、医療者の側に柔軟さと人間性が求められる。
治療行為に加えて、生活そのものを支える視点が必要になるのだ。

「たとえば、誕生日を一緒に祝う。演奏会を開く。訪問看護師さんと一緒に歌を歌う。そんな“医療じゃない時間”を家の中でどう提供できるかが、私たちの価値なんです」

単調になりがちな終末期の日常に、小さな変化や彩りを加えていく。
それが、患者本人だけでなく、家族の気持ちにも大きな変化をもたらしている。

信頼関係の起点は、“明るく・大きな声で”

「“楽しく過ごしてもらう”には、こっちが“楽しい人”じゃないといけないんですよ」
山内医師は、訪問時にはいつも明るく・大きな声であいさつをするようにしているという。

まずは“医師が来た”のではなく、“楽しそうな誰かが来た”という印象を持ってもらう。
それは、患者との信頼構築だけでなく、家族との関係性にも影響する。

「本人が楽しそうにしていると、家族も自然と巻き込まれてくれるんです。そこから信頼や協力が
生まれてくる。その雰囲気づくりを、まず僕が担っています」

チーム医療を支える「発信」と「空気感」

訪問診療では、多職種連携が欠かせない。
とはいえ、毎回同じメンバーで診療できるわけではない。

「訪問看護はうちのスタッフではないので、毎回違う方と組むことになります。だから、こちらから積極的に声をかけたり、理念を伝えたりして“空気感”を共有するようにしています」

その理念とは、「がんの末期を、家で看取ること」。
この考えを、地域の勉強会や医師会の場などでアナログに発信してきたからこそ、共鳴してくれる看護師や関係者が集まってくるという。

“看取り”のその先にあるやりがい

患者が亡くなったあとも、関係が終わるわけではない。
山内医師は、3か月ほど経ってからご家族のもとへお線香をあげに行くことがある。

「そこで一緒に思い出話をしたり、手紙をいただいたりすることもあります。『先生に見てもらえてよかった』と書かれていたときは、本当にうれしいですね」

それは“点”で終わらせない医療のかたち。
「人生という線のなかで、医療が伴走する」。
そんな姿勢が、患者や家族からの信頼や共感を深めている。

“地域の医療”への次なるビジョン

「クリニックの前で餅つき大会をやってみたかったんです」
山内医師は、診療所の外でも、地域をつなぐ医療のあり方を模索している。
コロナ禍で一時断念したが、地域の家族を呼んでのイベントを、いつか必ず実現させたいという。

また、名古屋市南区という訪問診療が少ない地域で、医師会の在宅委員としても活動し、仲間の医師や多職種に情報や経験を共有することで、持続可能な在宅医療の基盤づくりに力を注いでいる。

山内医師の視線の先には、現場の枠を飛び出して、“地域の医療”を支えるというビジョンがある。

若い医師たちへ伝えたいこと

「大切なのは、“目の前の患者が何を求めているか”に、ちゃんと向き合うことです」
山内医師は、病院勤務時代も、患者のために音楽会を開くなど、“楽しめる医療”を大切にしてきた。

「がん治療をしているときも、病院の中だけではつまらないという声を多く聞きました。だから、音大生を招いて演奏してもらう場をつくったんです」
その体験は、患者だけでなく、演奏した学生たちにも残る。

「その学生が、10年後、20年後に“医療ってあったかいな”と思い出してくれたら嬉しいですね」

“人生の最終章”に、笑顔という彩りを添える

在宅医療とは、医師が単に“治す”ために訪れる時間ではない。
その人の人生の最終章に、どれだけの“楽しさ”と“ぬくもり”を届けられるか。
山内裕士医師の挑戦は、在宅医療の本質を優しく、力強く教えてくれる。

その一歩は、明るく、大きな声から始まる。
そして、最後に残るのは──
「先生がいてくれてよかった」と語られる人生の記憶である。

在宅支援なごや南ホームクリニック
院長 山内 裕士(やまうち・ゆうし)

名古屋市南区を中心に在宅医療・訪問診療に従事。がん終末期を含む患者の療養支援に携わり、地域における多職種連携を重視した診療を行っている。医療と生活を切り離さずに捉える姿勢を軸に、地域医療の基盤を支える在宅医療の実践に取り組んでいる。

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